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あなたは人生の最後に「我が生涯に一片の悔い無し!!」と言えるか?

昔から健康を保つことは大切だと言われます。

その理由として、

健康を保つことが大切な理由
  • 病気にならないため
  • 健康な生活を継続するため

と、よく説明されます。

しかし、今、病気ではない方や健康な方にとっては、どこか他人事のように感じてしまうことが多いのではないでしょうか。

この記事では、今、健康な方も含めて、

なぜ健康を保つ必要があるのか?

この理由を私の実体験をもとに、お伝えします。

そして、少しだけ「私がなぜ予防・健康増進の普及を行いたいか」について紹介させてください。

あなたはラオウのように生きれるか?

まず最初に質問します。質問はこの記事のタイトルと同じです。

あなたは死ぬ間際に「我が生涯に一片の悔い無し!!」と満を辞して言うことができますか?

我が生涯に一片の悔い無し!!

漫画『北斗の拳』の登場人物、ラオウの生涯最後のセリフ。

少し考えていただいた上で、読み進めてください。

私個人の意見として、おそらく未来のあなたは、ラオウのように自身の生涯に満足して最後の時を迎えてはいないでしょう。

それはなぜか?

あなたが人生の最後を迎えた時、

  • やりたいこと
  • やり残したこと
  • 叶えたいこと

が、必ずあると思うからです。

95歳のご高齢の紳士との出会い

ここからは私が医師4年目の時、ある患者さんと出会った際の出来事について少しお付き合いください。

以下、強調する以外、あえて装飾などしていません。
3,000文字前後、ぜひお読みください。

当時、私が担当したその患者さんは、95歳の男性(以下、Aさん)で背筋が伸び、背広をピシッと着こなし、フェルトハットがよく似合う高齢の紳士の方でした。

Aさんは、ぱっと見た限り、見た目は80歳前後くらいで95歳にはとても見えない方でした。

私は、その方を主治医として担当し、肝臓の手術をメインで担当することになりました。

入院前に行う検査結果の説明は、私の指導医が行っていたため、Aさんとお会いするのはAさんが入院した時が初めてです。

一般的に、手術をする際、80歳以上の方の場合は年齢的に麻酔や手術の合併症やトラブルが生じるリスクが高いため、手術の施行の可否についてより慎重に検討します。

Aさんが入院する前に、私が所属するチームで手術を行うか否かについて議論になりました。

今回手術する疾患は若年の方の場合は手術を行うことが推奨される疾患でしたが、95歳の男性の場合には余命に影響を及ぼす可能性が低く、手術による一連の侵襲の方が大きいのではないかという結論になりました。

しかし、それでも入院前の外来で私の指導医とAさんが話し合った結果、Aさんの手術希望と同年代の方と比べてAさんが医学的に健康だったことから手術をする方針になりました。

入院してからは、受け持ちが私になり手術の一連の流れや術中・術後の合併症のリスクについて私から説明しました。

私が所属するチームと事前に確認のうえ、手術を受ける場合に若い方と比較すると麻酔・手術のリスクが高いこと、手術を受けずに病気と共存する選択肢もあることを説明したことを今でもよく覚えています。

私からの説明後、Aさんは、

「先生、それは私が95歳だからそのような説明をされるんですよね。わかっています。でもね、私はもっと生きたいんです。95歳の私からもっと生きたいと言われると驚きますよね。」

私はいきなり面を食らって、Aさんは苦笑しながら、

「私の子どもは結婚して、孫もできて、その孫も結婚して、今ではひ孫もいます。だから私は今幸せですよ。

これまで戦前・戦後と生きてきて、戦後直後は日本の未来も私の未来も明るくないな、と思ったものです。

でもね、先生。

今ではスマートフォンでいつでも笑ってテレビ電話をしたり、世界で何が起きているのかすぐに知ることもできる。

私はいずれ年をとって死にます。だけど、世界では私がいるかいないかなんて関係なしにどんどんと新しくて面白いことが出てきます。

私はね、この世界をもっと自分の目で見て、肌で感じたいんです。もっと生きたいんです。欲張りですよね。

もちろん、一番はこれから自分がどんなことを経験できるのか、家族がどう成長していくのかもっと見届けたいと思っていることです。

だからね、そのためにリスクを承知のうえで今回手術を受けたいと思っているんです。大変かもしれませんが手術をお受けしてもよろしいですか?」

私は始終あっけにとられて数秒間呆然とした後、はっと我に返り、

「わかりました。予定通り手術をしましょう。」とお互いに手術をする同意を得ました。

当時28歳でたかだか28年しか生きていない若輩者の私は、95年間生き抜いてきた人生の大ベテランの高齢の紳士から大きな学びと気づきを得させていただきました。

それは、

将来、今やりたいことを全て達成したとしても、どんなに頑張って現在の夢を叶えたとしても、未来のその時にさらにやりたいことや夢・目標が出てくる!

そのためには病気にならないように、病気をすぐに発見できるように、たとえ病気になったとしても少しでも早く回復して生活できるようにする必要がある。

ということです。

Aさんとお会いするまで、私は70歳くらいで自分の人生に満足するのではないかと思っていました。

しかし、これは間違いなく大きな誤りです。

きっと70歳になった私、80歳になった私、もし100歳まで生きていたら100歳になった私にはそれぞれやりたいことがあってまだ死ぬわけにはいかないと思っているのではないかと、今は思います。

ちなみに、Aさんの手術は無事に終わり、特に術後の合併症もなく予定よりも1日早くスーツをピシッと着こなしてスタスタと退院されました。

後日、術後初めての外来でお会いした時に、60歳の定年後から自分のやりたいことをするため、健康を維持するために毎朝スクワット30回と30分の散歩を日課にしていると教えてもらいました。

患者さんと母から共有させていただいた想い

私は現在医師として7年目の若手の医師ですが、これまでにたくさんの患者さんとお会いし、そしてたくさんの方をお看取りしてきました。

今まで担当させていただいた患者さんの中で、人生に完全に満足されてお亡くなりになった方とはまだお会いしたことがありません。

亡くなる前に「あれをしておけばよかった、これは結局できなかった、最後にあれだけしたかったなぁ」と思い残すことを教えていただくことがほとんどです。

時には健康に気をつけていたにも関わらず、がんなどの疾患で若くして亡くなった方とお会いすることもありました。

そして、その一人が私の母です。

私が医師を志した理由は「母の病気」です。私が高校2年生の時に母は早期の肺がんを患い、その時は手術で幸い助かりました。

しかし、私が医学部1年生のころ母は膵がんの末期と診断されました。

膵がんは全てのがんの中で5年後の生存率が最も低い腫瘍の一つで、根治するためには現在も手術しか方法はありません。

診断された時、特に症状はなく肺がんの最後の経過観察のCT検査で偶発的に発見されましたが、すでに末期のステージだったため根治することは叶いませんでした。

当時、私の母は45歳。

私の父の懸命の支えもあり、余命6ヶ月と宣告されてから約1年半も生き、そして息を引き取りました。

それまでに家族でできること、母がやりたかったことはなんでもできる限りたくさんしたことを覚えています。

それでも母が亡くなる1ヶ月前に、母と電話した時、

「これまでありがとうね。もっと一緒にいられなくてごめんね。もっと一緒にいたかったな。もっとそばで成長する姿を見たかったな。ごめんね。」

と言われ、涙を流しながら話したことは一生忘れることができません。

その頃、私は医学部2年生で医学的なことは全くわかりません。

それでも、私の母や私たち家族のように悲しい別れを経験する方々を少しでも減らしたいと思ったことが、私ががん診療に携わったきっかけです。

私一人では、私の母のような患者さんやご家族を支えることはできません。

それでも、少しでも同じ悲しみを経験した人間として、今後も歩み寄り、支えられればと思っています。

また、このような方々がやりたかったことや、やり残した想いを共有できるのは医師や看護師などの医療職だけです。

私も医療職の一人として、このような方々の想いを少しでも多くの方に届け、やりたいことをするために健康を保ち、健康を維持するために予防が大切であることを、普及していきたいと思います。

さいごに

私自身、健康を保つように努力していますが、自分の生涯の最後に「我が人生に一片の悔い無し!!」とはおそらく言えないでしょう。

だって、やりたいことが叶うと、さらに次にやりたいことが増殖するからです

だから、一つでも多くのことを叶えるために、健康を保ち続けられるように努力しています。

Aさんのように、一人でも多くの方が、自分のやりたいことをたくさんやれるように、そして、一人でも多くの方が私の母のようにやり残したことがないように、最後の最後まで幸せになれるように、健康を保つ大切さをお伝えし続けたいと思います。

ぜひ、あなたもあなたのやりたいことを叶え続けるために最後まで幸せになれるように健康を保ち続けてください。

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